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【ギャラリー】 兼業米農家の農作業

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兼業米農家の農作業 (2010年9月撮影、2010年12月掲載)

私たちが普段何気なく食べている食べ物にも、当然のごとくそれを作っている人々が存在する。当たり前のように店頭に並んでいる食品にも、それを生産している人々がいる。しかし、消費者が生産者の姿を具体的に思い浮かべることは、ほとんどない。スーパーなどで5kg、10kgと袋詰めされた白米を眺めたとしても、実際に米作りに携わった経験がなければ、それがどのような過程を経て店頭に並んでいるのか、思い浮かべることはそもそも難しい。たいていは、店頭に並んでいるもののなかから適当なものを選び、そのままレジへ持って行ってしまうだろう。

耕地面積が10反(1ヘクタール)程度の兼業農家にとっては、米作りはもはや慣習的な行為となっている。「田んぼがあるから作る」わけであり、自分たちが消費する米(飯米)を作るついでに農協などに卸す米も作るわけである。もちろん、どれだけの米を作るかは行政による政策的な介入がある。田んぼが10反あったとしても、実際に作付けしている面積はその半分程度である。しかも、かつてと比べて米価が急落している現状においては、いくら米を作ったとしても、利益は余り無い。ただ代々受け継いできた田んぼがあるから作っているのである。

トラクターや田植え機、コンバインなど農業機械の導入により、稲作にかける人的な労力は激減した。代掻きや田植え、稲刈りのときに田んぼ一枚にかける時間は、だいたい2時間もあれば充分である。作業する人間も機械を運転する人間を含めて3人もいれば問題ない。本業が休みの週末のときに作業をすればいいわけだから、兼業でも十分にやっていけるというわけだ。もちろん台風などの天候に左右され、平日に有給をとって作業をすることもあるけれども。

機械があるからといっても、手作業で苗を植え、鎌を持って稲を刈り取る必要が無くなったというわけではない。もちろん、工夫をすれば機械だけで済ませてしまうことも可能だが、コンバインが入らない4つ隅に苗を植えなかったり、(機械操作上必然的に生じる)欠株のところにうせ苗(手植えによる補植、「追い苗」とも)をしない田んぼは「かっこ悪い」。たとえそこに植えたとしても、全体的な収穫量は余り変わらないのだが、「みっともない」から植える。田植え用のタイトなゴム長靴を履いて田んぼに入り、欠株のところを確認しながら手作業でうせ苗を植える。4つ隅で田植え機で植え切れなかったところも手で植える。でも4つ隅はコンバインがうまく入らないから、秋の稲刈りのときには、手で刈ることになる。農作業の機械化が進んだとしても、まだまだ手作業がなくなることは無いだろう。

農協などに卸す米は、コンバインで刈り取られた後は、軽トラックの荷台に載せられたモミを入れる袋に入れられ、その地域のカントリーエレベーターに運び込まれる。この施設で乾燥・貯蔵・精米され、各地に出荷されるのである。

撮影・文:伊藤康貴(関西学院大学大学院社会学研究科 博士課程前期課程)

■ストリート・ギャラリー(フィールドから見えるもの)

posted on 2010-12-17