【レポート】共同研究「<承認>のフロンティア研究会」第5回研究会「<地元現象>から承認を考える」

投稿者:谷村要(関西学院大学大学院社会学研究科大学院GPリサーチアシスタント)


講師:轡田竜蔵(吉備国際大学社会学部専任講師)

日時:2010年1月30日(土)13:00-17:00

場所:関西学院大学上ヶ原キャンパス 全学共用棟二階GPレンタルラボ


いわゆる「地元志向」が若者たちに広がっていることが統計データから見てとることができる。グローバルな雇用流動化やトランスナショナルな労働力の移動が活発化する傾向のなか、なぜ「移動しない」ことを選択する若者が増えているのか。本研究会のゲストの轡田氏は、地方私立大学(X大学)出身の地方圏在住者26名への聞取りに基づいた知見からその現象を分析している。

 X大学は「非選抜型大学」(※)であることに加え、地方には大卒でなければならない職種の雇用が少ない。そのため、出身者の多くが従来の高卒の職種に流入し、幾人かはホワイトカラーの職種にこだわるゆえに不安定雇用に甘んじなければいけない状況にある。このように「地元」に留まることにデメリットがあるにもかかわらず、出身者の多くは地元就職にこだわる。なぜだろうか。

※非選抜型大学:事実上志望者をほぼ全員受け入れる「全入」状態の大学。「極端な言い方をすれば、学力的に最底辺のレベルであっても入学が可能である」。そのため、「1990年代初頭であれば」「高卒就労をしていた層で」入学者の半分が占められているという。

インフォーマントの語りを通して見えてくるのは必ずしも「地元志向」に関する従来の議論には当てはまらない「生」のあり方である。たとえば、「安定志向」であり「堅実」さを示すものとして「地元志向」は語られることがあるが、地元の状況は必ずしもそのような職種へと若者たちを導いていない。また、地方とはいえ消費環境はそれなりに整っていることにより、消費社会に包摂された感覚を彼らが持っていることや、過酷な労働環境ゆえに「実家」や「地元つながり」を存在論的な、あるいは経済的な包摂を必要とする若者たちの姿がそこにある。轡田氏の調査結果から見えてくるのは、決して明るくない見通しを語りながらも、「それでも『地元生活』がもたらすささやかな包摂の感覚によって、ぎりぎりのところで生活を支えている当事者のリアリティ」である。

このような若者たちの「リアル」について、彼らを満ち足りたマジョリティか排除されたマイノリティかという問いや、保守的かクリエイティブかという問いで見てもイメージが二分されるだけで生産的認識はもたらされないとする轡田氏の議論には説得力があったように思う。

轡田氏の議論では、「実家」の存在を存在論的にも経済的にも「地元志向」へ若者たちを誘う大きな要素として捉えていた。一時期「パラサイト・シングル」としてバッシングを受けていた実家に住まうというライフスタイルが、「若者の甘え」でなく生きるために必要なものとして確かに存在している。それが果たして次の世代へとつながる再生産性を持つものなのか、ポスト「成長世代」ゆえに受けられる恩恵なのか。この点についてもさらに議論をしていく必要があると感じた。

また、それに関連して轡田氏が指摘していたことで興味深かったのはこの「実家志向」には少なからず「男の宿命」というジェンダー観が関係しているということである。実際、女性は男性に比べ移動志向が強いケースが見られるという。「承認」問題を捉える上でこのようなジェンダーの問題も見逃すことはできない。

このように轡田氏の議論からは様々な視座を得ることができたが、轡田氏はノンエリート層のみならず、ローカルエリート層への調査・分析を現在進めているという。こちらも非常に興味をひくものであり、今後の成果に期待したい。

報告者:谷村要(大学院GPリサーチアシスタント)

posted on 2010-03-04