【ギャラリー】建物の記憶
建物の記憶(2009年8月撮影、2009年12月掲載)
北京市郊外にある798芸術区において、七月から八月にかけて798北京ビエンナーレが開催されていた。798芸術区は元軍需工場地帯であり、中国における現代アートの集積地として国際的にも認知されつつある場所である。ドイツのバウハウスの流れを組む工場建築が立ち並びその多くがギャラリーやアトリエやショップに改装されている。
工場建築は高い天井や広い空間を有するため、芸術家のためのアトリエや展示スペースとしては最適である。ゆえに多くの芸術家がここに制作の拠点を構えるために集まってきた。バウハウスは1919年にドイツに成立した「学校」である。20世紀のモダニズム建築を牽引していく建築家、ヴァルター・グロピウスやミース・ファン・デル・ローエなどが校長を務めたことに象徴されるように、そこでは機能主義や合理主義と美との融合が追求された。
写真の建物は円弧上の屋根とそれを支える柱、そして大きくとられたトップライトが合理的で機能的な空間美を演出している。この空間で特筆すべきは天井に赤色のペンキで大きく描かれた「毛主席万歳」のスローガンである。同じようなスローガンを他の建物でも見ることができた。このスローガンを消さずに残しているところが戦略的である。
日本でも「リノベーション」という言葉を目にする機会が多くなってきた。リノベーションとは、使われなくなった建物の用途を変更するために改装し、新しく生まれ変わらせる試みである。滋賀県長浜の黒壁など古い街並みを有する街ではよく行われている。リノベーションの際、重要になるのは改装時に「建物の記憶」を残しておくことである。日本家屋では巨大な大黒柱や、大きく湾曲した太鼓梁を残すことによって往時をしのばせるきっかけとしている。ほんの一部でも建物の記憶を残すことにより、その建物に蓄積された記憶の重層性を表象できるのである。
撮影・文:松村淳(博士課程前期課程)